主に北海道の廃墟と歴史民俗事象を中心に探索撮影しています。(半ば自分用の備忘録も兼ねています) 
重要↓
当サイトでは主に廃墟と墓地を中心に扱っておりますが、どちらも郷土史研究、または美術性、雰囲気を楽しむものとしてまとめているもので、オカルトもしくは肝試しと言った目的意味合いを一切持っておりません。閲覧の際はご了承下さい。
また、文章や画像の無断転載はおやめください。


【2018年、最近のお知らせ】
・1/1 コミケ終わってたったの1日、というよか正月元日から2018年廃初め。ダメだこいつ早く何とかしないと…
・1/25 ここに書いてあった2017年の活動をまとめました。こちらからどうぞ。
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51961456.html
・2/9 3連休が4連休になったので、西日本廃墟遠征。大戦果である。

家紋調査 木古内町新道地区 最勝寺墓地

この墓地も「五三の桐」、「剣花菱」、「違い鷹の羽」が多数を占める。
ついで「蔦」、「抱き茗荷」、「梅鉢」。「隅立四つ目」は比較的少なかった。

「丸に頭合わせ三つ雁金」
P1050679
雁金の家紋は有名どころだが、ここの墓地の調査で初めて見かけた
追記)後に、松前半島周辺において「雁金」は非常に非常に数の少ない家紋であることが判明するのは別の話。 


「丸に左三階松」
P1050681
墓地を三ヶ所廻ると一、二軒は見つかるくらいの家紋である。
使用家は苗字に「松」の字がついていること多し。



 「丸に揚羽蝶」
 P1050685
こちらも松と同じくらいの頻度でみかける。




「丸に撫子」
P1050686
 斉藤道三の紋で有名




「雪輪に蔦」
P1050687
 「雪」が使われる植物というと、なんとなく常緑のものという気がする。
蔦は枯れるのもあるけど。



「六角下がり藤」
P1050688
 丸に下がり藤の分家筋かね。




「丸に五つ鷹の羽車」
 P1050689
珍しい。
こういうのとの出会いがあるから家紋探しはやめられん





「丸に右離れ立ち葵」
 P1050692

一般的な「葵」紋というとたいていはこれか、頭合わせである。




「丸に立沢潟」
P1050696
 沢潟の実は確かオナモミに似てましたね。




「丸に光琳向こう梅」
P1050702
「光琳~」、「利休~」という家紋はさまざまな植物家紋にある
彼らの画風に似せた創作家紋だそうで、実際使っている家はほとんどないとか。

ということは、使用例としてはかなり珍しい場所に当たってしまったのかもしれん。





「五三の桐」・・・に見えるが
P1050707
ただ型版がおかしかっただけなのだろうか・・・




「嵯峨桐」
P1050697
 桐の紋が皇室専用だったころからある由緒正しき家紋


「丸に七枚笹竜胆」
 P1050698
普通五枚の笹竜胆
七枚の笹竜胆は珍しい



「丸に抱き桜」
 P1050699
外人が好きそうなデザイン




源氏車のレリーフ
P1050706
山なりになるように彫ってある
手触りがよさそうだ



「山に木瓜」
P1050701

屋号と家紋のハイブリット。
もはやなんでもありである。




「丸に尻合わせ三つ蔦」
P1050703
そうそう見かける家紋ではない 珍しい。




「九曜」
P1050708
「曜」は暦の上での「月」のイメージ、時間概念のこと。
こういう単語はナルトの作者が好きそうだな。




「二つ穂変わり抱き稲」
P1050710
五円玉の模様みたい



「五枚笹竹の丸」
P1050713
秀逸なデザインだと思う
組み合わせるともっといいかも



「丸に八つ矢車」
P1050715
鯉のぼりの柱に回ってる車を思い出す

鯉のぼりの上についてる綺麗な色したあれなあに? と聞いてたあのころ。




丸に三つ鱗
P1050719

 屋号にもあるこれ。 三角形を鱗と呼んだ最初の人は誰だったのか。

家紋調査 上ノ国町上国寺前+中須田地区

石崎へ向かう道中には北海道内寺で最古級の古刹:上国寺(開基1443年、1560年には存在が確定)、北海道最古の神社:上ノ国八幡宮、道最古の民家でいわゆる「鰊御殿」の黎明期のもの:旧笹波家邸宅が残る一帯がある。
なんとも風光明媚な場所で、潮の香り漂う漁村の中に突如現れる白く褪せたような建物群はさすがは追い分ソーランラインだと、歴史の重みとかつての活気を思わせるのであった


さて、そんな一角にある上国寺の入り口横には小規模ながらも墓地がある。歴史深い上ノ国の墓地 その家紋はどうであろうか
この墓地では以下の家紋以外を使用する家は見られなかった。

多い順に
・隅立四つ目 ・剣花菱 ・五三桐 ・違い鷹の羽 ・上がり藤、下がり藤
P1050646
剣花菱 よく見かけるタイプよりも横長
ちなみ上国寺は現在補修工事中。 去年の春に来た時も工事をやってたような…





それはさておき、今度は中須田集落の墓地へ
木古内~上ノ国を結ぶ峠道の、ここはその出口にあたる。道からよく見える墓地である

ここも多さは変われど、たいていは上記の家紋で埋まる。
一番多いのは断トツで五三の桐。 面白い家紋も数個発見したので紹介したい。

『丸に向こう山桜』
 P1050647
日本人の好きな花といえば桜というイメージがあるが、家紋の場合その使用例は決して多くはなくバリエーションも少ない
神紋寺紋としての使用のほうが多いかも知れない。

『丸に隅立て一つ目』
P1050648
たいていの墓に一軒はある家紋のひとつ

これがまったく謎の家紋
鞠ばさみ? 亀甲? 
P1050649
 どことなく「共」の字に似ている。

『丸に鶴の丸』
P1050652
これが基本の鶴の丸
ここから『佐伯鶴の丸』 以前紹介した『鳥居鶴の丸』などに派生する

桐の派生型
『丸に中陰五三の桐』
P1050650

(2014年6月30日追記)

・陰の檜扇
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奈良時代、日本に扇が登場したころのものは今のような和紙や布を貼ったものではなく木の薄い板のみで作られた檜扇だったそうな
使用家は北山さん。


最後に敷地内にあった古い時代の墓碑も紹介
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「釋 勇勞信士 光行信女 位」 「嘉永元申九月六日」 「天保五午三月四日 金子長松」と読める。
中須田地区には今でも金子という苗字の家が多い。

こちらは「天保十五辰年 歸元如要信女 三月十九日」で俗名がない。
DSC_5095
 
墓地の位置はこちら
 
より大きな地図で 墓地 を表示

盛衰の遺塔 上国鉱山にて

上ノ国町石崎地区まできたら、廃墟フリークとしてみておかねばならないものがある。
P1050625
かつて石崎の沢には「上国鉱山」が栄え、早川という街があった。
昭和11年にこの地でマンガン鉱床が発見され、14年から八田満次郎氏によるマンガン鉱山経営が始まった。
これを昭和18年に中外鉱業株式会社が買収して開発が急速に進んだ。名前を「中外鉱業上国鉱業所」、これがいわゆる「上国鉱山」であり、1975年までマンガン、後に銀や鉛を主とした採掘が行われた。
仕事がある場所には人が集まる。
早川集落には中外鉱山従業員とその家族の為に施設住宅が244戸、寮が3があり、昭和32年には上ノ国会館が建てられ社内行事、映画、バレー、ダンスなどに利用。娯楽室は会合、娯楽研修に利用された。
ほかにも診療所、浴場、理容所、配給所、簡易郵便局、村立若葉小中学校、村立若葉保育所、各種商店まであった。最盛期の早川は人口1500を超える一大集落であった。
しかし、この手の鉱山によくある終焉。円高による採算割れがもとになって昭和61年に閉山。人々は職を求めてチリヂリになっていき、小学校も翌年閉校。
そして今この地に残るのは、選鉱所と鉱石を燃やす焙焼炉、鉱業で栄えた村の骸のみである…

まるでロケットのような姿。 廃墟フリークなら一度は見ておきたい上国鉱山、ペンシル型焙焼炉。
北海道には数々の隆盛と衰退をたどった鉱山町の跡が残るが、ここはその南限でもある。
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山中に突如現れるその姿にしばし呆然とする。

ただ、この廃墟周辺には未だに採石場があり、他にも鉱毒水の攪拌池の点検に電気工事業者が出入りするので割合さびしくない。
P1050628
夏は木が生い茂って見えなくなるが、画像上部の林内にも建物跡のようなものが残っている
ワイヤーにつかまって砂山の途中まで登る猛者も。

ちなみにこの焙焼炉は全12基。赤レンガ内張りで鉄筋コンクリート外囲。内径2.3~2.5m。高さ13.8m
一つの装入鉱量約50t。一日13t~15tの焼鉱産出が可能であった。

当時の焙焼炉である
P1080351

上部にあった建物アップ
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木材もセルロースを失い完全に廃墟色。
野付崎の立ち枯れたトドマツ林のようでもある。

同じアングルばっかりだな・・・
P1050634

焙焼炉内部
隣りの焙焼炉も数年後には崩れてそうだ
P1050632


P1050635

上の写真によると、操業当時から木造施設の周りには大量の砂利がある。
P1050624

ただの砂利にしては黒いし、ズリだろう。
P1050641

けっこう足跡がついていた。

早川集落にはこのほかにも選鉱所のほか、公民館や商店などが廃村になって残っている。おしむらくは、ここに残っていた廃校若葉小中学校が平成21年に解体されたことである。現在は、学校跡地に記念碑が立っている。
車にたかるアブの数が半端でない。

P1050642
 
帰りの道中、古い橋脚のようなものを発見する。 見えにくいが写真中央部右。
旧道の橋ゲタか、それとも鉱石を運ぶトロッコやら鉄道でもあったのか…
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 聞くところによると、早川の上国鉱山よりもっと上の沢にも鉱山町があったらしいが、あまり質のいい鉱脈ではなかったらしく、大して人も住んでいなかった上に早期閉山されて早川地区に吸収されるかたちになったそうだ。
坑道入口と、攪拌池、電気設備がわずかに残っているだけと聞いた。

詳しい集落や工場のデータはこちらへ
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51737558.html


おまけ
帰り道に江差を見る。 風車多すぎ。
P1050645
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