主に北海道の廃墟と歴史民俗事象を中心に探索撮影しています。(半ば自分用の備忘録も兼ねています) 
重要↓
当サイトでは主に廃墟と墓地を中心に扱っておりますが、どちらも郷土史研究、または美術性、雰囲気を楽しむものとしてまとめているもので、オカルトもしくは肝試しと言った目的意味合いを一切持っておりません。閲覧の際はご了承下さい。
また、文章や画像の無断転載はおやめください。


【2017年、最近のお知らせ】
・1/2 コミケ帰りにさっそく2017年廃初め。
・1/28 札幌方面廃墟プチ遠征
・2/18 道央方面廃墟遠征
・2/25 千葉廃墟遠征の旅。カステラの土産はもう要らない。
・3/18 東北方面廃墟探索・調査
・4/22 ここに並べていた「2016年の主な活動」をひとまとめにしました。
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51937720.htmlからどうぞ。

百井分校 再訪

以前思うように撮れなかった反省と、もう少しゆっくり空気を楽しむために百井分校、再訪してきました(思い立ったら早い。相変わらず)
もう夏なんだしいいよね。 夏は短いのんだから、楽しまなくては。(残念、内地は長いんだよ)

今回は時間帯を夕方を選んだ
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数ある廃墟ジャンルでも自分は特に廃校が好きだ。

ヒグラシの鳴き声が、裏山から届く。いつだって簡単に消えてしまいそうな響き。 音だけではなく、その存在も、時間も
そこにあるものすべてを包み込んで。
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相変わらずちっぽけな教室

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何回やってもゆがむ廊下の写真
廊下自体がねじれてるようには思えなかったのだが…

例の体育館
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20mシャトルランも満足にできるか疑わしい

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察するに、最後の年はこの「土居学級」と「6年生」の教室しか使われてなかったのでは・・・

もう一つ撮ってみたかった構図
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三脚の高さが足りない!
生身でのズームフォーカス撮影ではこれが限界だった くそう。

写真も撮ったので、日没まで中でゆっくり過ごす。廊下の入出口がどちらも開けっ放しなので、風通しはいい。 草と土の匂いが教室にも入ってくる。
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さて、次はどこに行こうかな…

京北町立黒田小学校

先週、京北町内の廃校にお邪魔させてもらった。
京北には名産の北山杉を使った真新しい小学校があったが、これは数年前統合された際に建て直されたもので、今回訪ねた黒田小学校はその時並行して廃校された。
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道沿いに建つコンクリート造りの校舎。

集落の規模には似合わないくらい大きい
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前に通りかかった時は閉まっており、「京北研修センター」の表札が玄関にかかっていたのでまあいつかあいているだろうと考えていた。
そのタイミングがこんなに早く来るなんて僥倖僥倖。 これも日ごろの行いの賜物ですね(棒)

しかし、いくら開いているからと言って勝手に入るのはしのびないので、柄にもなく大声で「こんにちはー!」と言ってみた。
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まったく返事がない。
が、階段の上からなにやら話し声が…

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僕の靴じゃありませんよ。
 
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二階の教室では、なにかのセミナーっぽいのが開催されていた。声をかけると少し待つようにと。

しばし待つこと、一階に下りてきたのはさきほど年齢と敬称のことについて(?)熱く語っていた男性と少し顔が濃い若者たち。
事情を話し、見学させてほしいと申し出ると快く取材を受け入れてくれた。

以下は、ここを管理している黒田自治会長:江後さんが話してくださった内容である
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ここが閉校されたのは今から10年以上前の1999年のことだという。

職員室
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たいていの廃校はその後あまり使われることもなくただの骸となって朽ちていくが、この集落はかなり根が座っていた。

廃校の危機に瀕した地元の学校を残そうとする運動が湧きおこったのだ。
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学校は地域の活気を興す基礎となる場所。
過疎がすすむ山村だったが、それだけに活動も活発だった。

市内からこの土地へ移ってきたある人が有志を募り、田舎暮らしを望む若い夫婦へ使われていない家屋を格安で提供した。
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自治会とその努力により、一時は廃校の話題がかすむほど児童数が増えたときもあったという。

しかし結局力及ばず、こうして廃されたものの一員となってしまった
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それでもただでは折れない自治会
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「京北研修センター」と名を変え、廃校された年からすぐにさまざまなイベントに使える公共施設へとシフトチェンジし、今なお半分現役施設として生きているわけである。

ただ、老朽化のため二階の廊下が少したわみ、一階も多数ガタがきているのであまり大きな顔をして使うことはできないんだそうな。消防法め。
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ひでよ
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怖いよ

地元のお祭りなどで使うらしい
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校舎は夏の間子供たちの宿泊施設や、お祭り自体の催し物の母体としても活用されているそうだ。

もう一つ空き教室があったが、今夏から祇園祭の山の一時保管と調査に使われるらしい
なんの山かは聞きそびてしまったが山鉾巡行の翌日から搬入されるとおっしゃっていたし、今頃大にぎわいだろう。
校舎は夏の間、研究で訪れる大学生たちの良い塒になるだろう。

コンクリづくりの廃校も独特の雰囲気がある。
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私たちあたりが、冷たさの中に人臭い雰囲気のあるコンクリ校舎を知ってる最後の世代かもしれない。

今の学校建築も公共物も、ヘタに暖色系というか介護施設的な雰囲気が濃くて好きになれないのだ。
それに比べて、ペンキをはがせばひび割れまくりで、ひんやりとした空間に何者かの存在感があるコンクリ建築。 学校、病院、公民館etc なんて素敵なんだと思う。

話を元に戻そう。
本日も、研修センターとして活用の時分であったと江後さんは語る。
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とんぼが迷い込んでいた。

最近は研修期間をへて日本企業へ就職する東南アジアあたりの人が多いが、今回はそんな人たちの寝泊りと教育の場として使っていたのだと。
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どおりで顔が濃かったわけで。

使わず腐らせるより、どんどん開放してみんなで使ってあげるほうが学校だって喜ぶに決まってる。
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もともと学校はそういう場所なんだもの。

廃墟趣味をやってると、人の記憶から消え去った廃校なんてのも数多見ることになる。
廃村の廃校ほど悲しいものもない。
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けどこの集落の人たちなら大丈夫だ。

転んでもただでは起きない。
故郷を絶対に死なせない。黒田集落の人々の気概と郷土愛を私はみた。
それが有る限り… きっと大丈夫だ。

昔は日本の子供たち。
今は異国の研修生たち。
この学校は変わらず人の努力を見守っている。
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百井分校 -小さな谷間の小さな学校-

-分校- と聞くとなんだか映画や小説の舞台というイメージがある。
その中では、たいてい活発で道を裸足で駆けるような小学生や、純朴で美しき青春をおくる中学生、長閑な山村に生きるおじいちゃんおばあちゃんの姿が肯定的に描かれているが現実ではなかなかそうもいかない。
過疎化の影響による学校の閉鎖、人口そのものが減り、集落自体が死にかけという事態がどこの田舎でもちらついている。今回訪れた廃墟も、そんな過疎化の煽りを受けた一集落の学び舎だ。

京都市でも北。特に周山などの山間地帯は古くから林業で栄えたため、ふつう人が定住できるとは思えない深い山にも集落が形成された。
百井集落もそんな林業を生業としていた人々が作った山村であり、神社の鳥居にもその面影が残る。
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鳥居が丸太んぼうそのまま。 素材の味をいかしてるってこういうこと・・・ではないはず。

しかし、今ではにぎわいもすっかり消え去り、谷間に集まった家々の主はじいちゃんばあちゃんばかり。
当然、子供がいなくなれば学校の役目は消えてしまう。 大原小学校百井分校も平成3年をもって休校(名目上は休校だが、子供を産むような若い家族すらいないためほとんど廃校同然)となってしまった。
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時計は止まったまま

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入口に転がっていた
蹴ってくれる子供たちはいない。学校にも、この村にも

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入口からすぐ右手は職員室
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備品がけっこう残っている。あくまで「休校」だから。 

ああ、これはいい
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夕暮れに、蛍光灯の光に群がり当たる羽虫の音。
戸締りを急ぐ先生の姿が目に浮かぶ。

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物はある。人がいないだけで

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ほこりまみれだが再生できるだろうか。

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カギがそのまま置かれている。大丈夫なのか…?
まあ鍵かけるような場所もないし、そもそもよからぬ輩もめったに来ないようだし。

最後の予定表がそのままのこっていた
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春期休業は20年間、いまだに続いている。

あったなあこういう鍵・・・
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小学生のころ、私もこんな鍵をキイキイ回して窓を開けていた。
ボロボロの、今にも落下しそうな二重窓の外は、神社からミンミンゼミの鳴き声が絶えず響いていた。

なんとなく惹かれるものがあった
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黒電話。恒例の「もしもし」をしてみるとなんとこれが通じてしまった!
名目上は休校だから、通じたままにしてあるのだろうか。それでもこれは実に珍しい。本当によく物が残ってる。
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まるで、まだ自分が死んでいないと言っているようだ。

左側に行くと体育館
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って
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なんじゃこりゃ
劇にでも使ったんだろうか。

スズメバチが一匹迷い込んでいて、おっかなびっくり状態で撮影を続ける
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おかげで微妙にぶれている

体育館でおなじみの照明
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たった一個で足りるほど、この体育館はちいさいのだ。
だったらなぜその小ささがわかるように撮らなかったんだ・・・ 夏にもう一回行こう。

入口とここで通気があるので、たまに涼しい風が吹き抜ける。
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風に舞う幕の姿が寂しい

扉の先は備品庫
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ふきっさらし同然だけど、それでよかったのだろうか

分校はあくまで分校なので、校歌すらない。
代わりにこんな歌があったようだ。
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「小さな谷間の 小さな学校」
か…

そうなんだよな。過疎化が進む集落で、一番元気な場所は学校なんだ。
学校がなくなると、地域のにぎわいがまるで何か潮時を迎えたようにあっという間に消えていく。
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学校は地域とともに歩むものだった。
地域が衰えれば学校が衰え、学校が死ねば…
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扉の向こうに、この集落の未来はあるだろうか
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チャイムがベルだった時代もあった
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ここは休校になるまでベルだったようで

教室は3つ
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石油ストーブ
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北国の教室ではストーブに近い席がうらやましがられてな。
教室まで雪を持ってきて、天板の上において「バターだバターだ」なんて遊んだものだ。

別の教室
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壁に大きい数の単位表が貼ってあった。
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小4の時覚えたっけ。億兆京垓…ってやつ。

先生の忘れもの
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先生は、本当に休校のつもりでいたのだろう。

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90年代テイストが光る。
この教室には詩や習字などの掲示物がたくさん貼られていた。

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最後の教室
落書きがひどい。

ブレーカーでさえこの趣き
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夏に泊まってみたい。
合宿か林間学校といった趣向で。

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コンデジで暗部補正かけるとノイズが目立つ。

これも構図が少々おかしい。
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やはりもう一度こよう。

さっきから井上が多いぞ。
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こんなとこにまでニコ厨が!
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普通
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ヤケ
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余談だが、廊下にいるときたまたまお昼の時報のサイレンが鳴った。一瞬、戦時中にタイムリープしたかもしれないと思わず外に退避してしまった。
…そしてなによりSIRENを思い出してしまった。そういえばあの校長がいそうだし。

奥はトイレと倉庫。倉庫は半分図書室のような感じだった。
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懐かしいトイレ
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昔の公衆便所は便器すらなかったのもあるからなあ

毎日必ずみるものだし、これは考えたものだ
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こっちはひどい替え歌だな。
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そして・・・個室
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学校の怪談三傑

あら開いちゃった
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もちろんボットンでした
それっぽいものはそれじゃないと確認しましたのでご安心を。
観た時点でアウト? 知らぬ


思うように撮れてなかったのはもちろん理由の一つだが、ここにはもう一回来たい。
写真とるためだけに廃墟フリークをやっているわけではない。
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今度はもう少し長く居たい。この雰囲気は実に良い。木と山の温かみと、内地特有の湿気が。

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