主に北海道の廃墟と歴史民俗事象を中心に探索撮影しています。(半ば自分用の備忘録も兼ねています) 
重要↓
当サイトでは主に廃墟と墓地を中心に扱っておりますが、どちらも郷土史研究、または美術性、雰囲気を楽しむものとしてまとめているもので、オカルトもしくは肝試しと言った目的意味合いを一切持っておりません。閲覧の際はご了承下さい。
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【2017年、最近のお知らせ】
・1/2 コミケ帰りにさっそく2017年廃初め。
・1/28 札幌方面廃墟プチ遠征
・2/18 道央方面廃墟遠征
・2/25 千葉廃墟遠征の旅。カステラの土産はもう要らない。
・3/18 東北方面廃墟探索・調査
・4/22 ここに並べていた「2016年の主な活動」をひとまとめにしました。
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51937720.htmlからどうぞ。
・5/3 中国地方廃墟旅。もうしばらく山陰山陽には行かなくて…いいわけねえだろ!(帰投後も続々現れる新物件)
・6/17 夏コミ用資料収集も兼ねて秋田山形廃墟旅(兼ねるとは)
・6/24 北コミティアも兼ねて道東廃墟旅(兼ねるとはその2)

S診療所 -健全ナル國民ノ診療所-  その底

※「その上」からお読みくださると、話がスムースかもしれません。

あ、卒業文集だ
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西暦1930年 昭和5年か
時代からみておそらく息子さんのものだろう。


 

小学校6年の作文だな。 戦前の子供たちの作文ってどんなものなのかね。

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立派すぎるぞ。
ホントに小学生なのだろうな?
 

鎌子ちゃん…
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弟さん、ほほえましいですね。
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やられたほうにとってはたまったもんじゃない。


この時代なら蛍なんてどこでもいたんだろうけどなあ。

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あ、あった 
息子さんのものと思われる作文。

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ずもってなんだ? 魚の方言みたいだが。

(後で各方面に聞いてみた所、「ずも」とは天然記念物:ネコギギの方言であることがわかった。
ネコギギは地域や集落によってさまざまな方言があり、この診療所があった集落でも他多数の呼び方があったそうで、だから当地での聞き取り調査でも正体が判明しなかったと思われる。
教えてくださった方々へ感謝!)

そして最後に先生の言葉

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まじめな話

この文章を読んでいたら、少しこみ上げるものがあった。

こういうのを見るとうれしくなる。
どうしてO医師がこの診療所を畳んだのかなんてわからなかった。その息子さんもどうしたのかも時の流れの中に風化してしまった。
小学校の卒業が昭和5年ということは、戦争の旗色が悪くなってくるころにはもう18かそこら。徴兵に取られて戦死したかもしれない。
決して幸せな最期はおくれていないかもしれない。
そうではなかったとして彼らの墓がどこにあるかもわからない。


それでも、その人が生きた証がこうして今でも残っている
「永久」とか「ずっと」なんて言葉は建前で使うようなイメージがあるけれども、本当にそんなことだってあるかもしれない。70年後、誰かもしれない人間が気まぐれでやってきて、こうしてこの文章を読んでいるのだから。


戦前の残留物が大量に残るこのS診療所。

しかし、人がこの廃墟に惹かれる理由の根源は、もっと違うところにあると現地に来て思い至った。

建物に染みついた、ここで暮らした人たちの記憶、それがこの廃墟の一番の魅力なんだと。

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また、来よう。

S診療所関連の他記事はこちら

薬まとめ
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51687698.html
醫箴の解読
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51689572.html
S診療所が廃墟になった経緯とその家族について など
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51721540.html


※この下にプライベート設定がどうとか出ますが、まったくそんなものを想定していませんしこの先もありません。
どうすれば消えるんだろう。

続きを読む

S診療所 -健全ナル國民ノ診療所-  その中

うわ・・・
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どうやら一階西側の柱がなくなったせいで二階の西側も崩壊し始めているようだ・・・


ここに来てちょっと雰囲気がおもっこくなってきた
人の気配がする。
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一応床の間の奥に挨拶をしてから入る
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本が積まれている

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勉学向上精神あふれる方だったようだ

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この部屋は医療系の書籍が多かった

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なんだか居心地悪いので早々に立ち去る

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こういう光景って文学的だね
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田山花袋、梶井基次郎、徳富蘆花の世界だ。


さて最後の部屋に突入
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奥の部屋はO医師の書斎だったようで


この部屋に、あの標語があった
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この診療所が「健全ナル國民ノ診療所」と呼ばれる所以である

 

O医師の寝室だったのか
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箪笥の中身が吐き出されていた。


この部屋にも薬剤が残っている
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これはなんの薬なのだろう

(後で友人に聞いたところ、高血圧の薬だとか) 


火掻き棒が落ちていた

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…異界ジェノサイダーが通ったあとかもしれない


さて最後の最後、奥の書斎へ

うえ…
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は、はは…

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なにもみなかった…
僕は何も見なかった。
部屋の半分が崩壊して、今にも床が抜けそうだなんてことはなかった。

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すごい古書の山ですね! 興味がとても湧きますね! …ね?


フラスコが転がっている
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…なんで?

(他サイトさんの写真によると前は薬局にあったみたいだ。わざわざこれを持ったままあの階段を上がるとは根性ある人がいたものである)

プレパラートがいっぱい なんのサンプルなんだ?

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診療所ってより研究所だ。


なんで児童文庫があるんだ。
まさかO医師が読んでたのか? だとしたらなんだかかわいらしい。

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待合で退屈していた子供用かもしれない。


これすげえ…
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廃墟内の物を持ち去るのは廃墟趣味のタブーにあたる。
しかし、自分のような人種にはこのまま朽ち果てさせるのは惜しいのが正直な気持ちである。
どこか一ヶ所に集めて保存すればいいのになあ。


はい中身

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奥様百科に付属していた、当時の最新流行服が仕立てられる型紙付き冊子

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夏の御嬢さんって感じがします。
しかし右の人がどう見ても16、7歳には見えません。


節子?

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雑誌の切れ端

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少女マンガタッチに通ずるものがある


『日本文学全集』、『ノウム・オルガヌム』・・・ さすが明治のエリートといったところかO医師は読書家だったようだ。

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日記が残っていた
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誰か本当に残したほうがいいんじゃないか ここはもう文化財クラスだ。
廃墟のレベルを超えている。


日記にはこんなのも書かれていた

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面白い。解読したいわ。


挟まっていたハガキ
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どうやらお子さんがいらっしゃたようだ。


なるほど、だから児童文学があったのか
親子そろって勤勉な家系だ。


そのお子さん用だったのかはわからないが人形が今でも残っている

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こういう妙な人形や木彫りはよく昔の家にあったな。
子供のころはとてつもなく恐ろしかった記憶がある。

木造建築が多くを占めていた戦前までの日本において、火災はもっとも恐れられていた災害
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よってこんなのが役所や町内会から盛んに配られていた


編み物は…さすがに男はやらないよな。 まして戦前だし

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これはすごい

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こんなことまでやっていたなんて…
医師の鑑だ


戦前にしては珍しく左から読み

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横に開封品が転がっていた
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へえー こりゃ便利だな

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「手で折ればいい話じゃん」って思ったやつ表に出ろ


さっきのプレパラート用のカバーガラス

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中身はもう綿だけになっていた


乳児用保育冊子
診療用なのか、プライベートで入手したのかは不明

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「強制愛」にみえた。


リコーダーの吹き方表
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そういえば小学校のとき、リコーダーの袋にこんなのが入ってた記憶がある。


!?
なんとリコーダーだと思っていたものはンドゥバ尺八だった!

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尋常小学校での音楽の授業は尺八だったのか?


青年会会報誌

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時代をほうふつとさせるなあ・・
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帝国はすでに国民の健康と生活をよく保つには横のつながりが大切だと気付いていたようだ。


これはよくわからん本だ

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ふーん
当時としてはごく普通の雑誌だったのかもしれない。

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すぐ横に転がっていた

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O医師は写真もたしなんでいたのだろうか

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その底へ続く・・・
※なぜかこの下にプライベートなんとかと表示がでますが、まったくそんなことはないので上部のリンクより「その底」へお進みください。

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S診療所 -健全ナル國民ノ診療所-  その上

かつて結核が日本の国民病であったころ。インフルエンザが「感冒」と呼ばれていたころ。
濃尾平野の奥地でひっそりと地域の健康と保健を支えた診療所があった。
戦時中まで機能していたそれは現在主を失って、緑の中にその骸を晒している。そして、中は当時の面影をそのまま残しているかのような世界が広がっていた。
名を、S診療所‐洲原村診療所という。

見た目はまるで民家。 最初に見つけた人はすごいと思う。P1030867

入口をくぐるとその筋では有名なあの光景が
感動である。
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受付窓口
鳥居のような形
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すぐ横に薬の窓口
「投藥口」と書いて「くすりわたしぐち」と読む。 
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昔の病院や診療所は建物の中に薬局があって、私も幼いころ、地元の町立病院にかかったときは会計口のあたりで薬ができるのを待ったものだ。
今はたいてい隣に薬局ができたりしてるからなあ。そっちのほうが医師も薬剤師代やらかからなくて済むし、そもそも許可が下りなかったりするのかね。

入口の目の前は診療室
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他サイトさんの画像と比較すると、けっこう配置がかわってたりする。

床中に散らばる戦前の書籍や広告類。
ここには戦後のものはほとんど存在しない。
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「ウテナほゝ紅」・・・ ウテナ化粧品は戦後も有名であった化粧品メイカー。
「ウテナ白粉」を琺瑯看板や、ガラスマニアなら知らないものはいないだろう。

6月の名曲物語は「魔王」
NHKやラジオ講座のような雰囲気だ。
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解説文は「桂近乎」による。 落語家みたいな名前だが調べたところ、戦前から戦後期に活躍した音楽家、音楽評論家のようだ

床に何気なく落ちている新聞ももちろん戦前のもの
日付は「昭和八年 五月二十日 (土曜日)」。 時間が止まっている…
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「ラヂオ けふの番組」の欄がまた時代を感じさせる。
当時は庶民の近代的娯楽といえばまずラジオであった。

こういうの古本屋に持っていくと高いんだろうけど…
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どんな薬を出されたかわかりやすくするための札?
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銭湯の鍵に似ている

診療所なので薬の広告や納品書が多い。
画像を見てもらうとお分かりのように、訪問最初の時間帯が未明だったので結構暗かった。
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この薬が「最新」だったのはいつごろなのだろう…

薬剤のアンプルや医療器具の類もほとんど丸々残っている
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この器具によってどれだけの人々の命が助かったのだろうか
しかし助けられた人も、その助けた医師も、今はもうどこにもいない

脇にたたずむ分娩台
小さいながらも総合診療所であったようだ
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薬剤を調合する器具。
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さりげなく置いてある蚊取り線香
まさか打ち捨てられた当初からこうだったとは考えにくいし…
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少し燃やした跡がある。 万が一燃え移ったらどうなると思っていたのだろうか。

奥の天井近くに貼ってある訓示
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くわしくはこちらの記事へ
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51689572.html

「ともかわ」 ではなく「わかもと」
しかし中身は薬剤ではなく、薬瓶のふたが大量に入っていた。
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切開用ハサミと鏡?
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これはぜひ読んでもらいたかったので載せた。
当時の世相がきちんと反映されている。
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それにしても昔の薬品のシンボルデザインはいつみても突飛抜け過ぎである。

進むと見えてくるのは生活スペースと営業スペースの狭間
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ラヂオが置かれている…

ツマミを回すとスイッチが入るようだ
回しますか?
                 ニア はい
                    いいえ


そして左手に
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廃墟フリークが憧れる、あの光景が広がっていた
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夢中になってシャッターを切る
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現代語に直すと「六価クロム」 猛毒である。
もちろん医療薬品ではない

気化した薬剤が理科室のようなにおいを漂わせていたこの空間。
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手前の薬品棚にはこんなラベルが
「MEDIC. COMM」はおそらく「medicine common」の略か?
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隣りの棚にはこんなラベル
退色してしまってわかりにくいが、「劇薬」と読める
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つまり、ラベルが赤い薬品はヤヴァイってことさ。
各残留薬品やら書籍の撮影の為この部屋に一時間半いたが、どおりでなんか頭が痛いと…(冗談じゃない)

詳しくはこちらの記事で
http://hanatare-ruins.doorblog.jp/archives/51687698.html

この部屋は玄関の裏方にあたる。
受付も投薬口も中身は一緒の部屋だったのね。
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これも有名な一枚。
伏字はこの物件を探訪したサイトの伝統なので
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下の本はおそらく数学の教科書
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なんでこんなものが。 ここにいたO先生という人物の持ち物だろうか。

薬品棚に収まっていたもの以外にも大量に薬品のアンプルや瓶が転がっている
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すみません、これ持っていったら取り替えてくれますか?
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敷居に散っていた広告
戦前の広告は一々仰々しい。 が、それがいい。
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陽もだんだん昇ってきました。
んじゃ先に行きますか・・・って
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完全に床が腐っている!
穴が空いてるわキノコが生えてるわで恐ろしいことに。
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天井もたわむにたわんで崩壊寸前。
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うわさには聞いていたが、この廃墟もあと数年耐えられるかどうかだな…

台所部分
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崩壊が進む

生活玄関方面
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算盤なんて何年ぶりにみただろう…
今の小学校でソロバンの授業はあるのかなあ。 自分のときはあったけど。

生活部分なのに普通にこんなのがある
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さて、二階へ上がりますか…
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画像曲がってるぞって?
…曲がってるのは階段のほうなんです。いやまじめに。洒落にならないって。


次回。その中へ続く
※なぜかこの下にプライベートなんとかと表示がでますが、まったくそんなことはないので上部のリンクより「その中」へお進みください。

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