木古内から江差へ抜ける峠の脇道に入ることいくばくもなく、上ノ国町の宮越という集落が存在する。独立した集落の体をしているので、もしかしたら小学校があるのではないかと古い地図を見てみるとやはりあった。
宮越小学校は昭和24年、上ノ国村立河北小学校宮越分校として開校。 開校時の児童数は53名。 その後生徒が増えるに従って昭和31年に宮越小学校として独立した。
しかし、昭和39年の64名をピークに児童が減少していき、平成9年に閉校となった。

まず宮越の集落から
いい感じの鄙び具合。
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茅葺きをそのままトタンに葺き替えましたというこの形
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みるたび内部がどうなってるのか気になる

路地を進むと小学校の影が見えてくる
・・・さすが木造の平屋建校舎だけはある。風情がある。
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全景
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こういう場所の多くは町内会で管理しているので、町内会長に取材を頼めばわりとすんなりいく。斜向かいの大きな家に声をかけると、たまたまその家の方が町内会長であった。
会長氏もこの学校の卒業生で、鍵を開けるついでに当時のお話を聞かせてくださった。ありがとうございます。

校庭。狭すぎて楕円形のトラックが描けず、むりやり円形のトラックを引いていたらしい
つまり、アウトコースは圧倒的不利を強いられる。 ヒドイヨ
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では50m走の直線トラックはどうするんだ?という話になるが、会長氏によれば道路から校庭に入ってくるこの道をトラック代わりにしていたそうだ。
思いっきり坂だが、タイムに不正がでるわけないだろう。そうに違いない。
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いよいよ中へ

玄関からすぐT字型に折れる。右側は体育館と3・4年生教室。
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「館」ではなく「室」。 この学校の規模がどのくらいだったかを示してる
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ボケてますね すみません

内部。
一瞬何かの儀式会場かと思ってしまった
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脇の3・4年生教室
この狭い教室に、全盛期には鮨詰め状態で児童がいたのだろう。
移動式の黒板は複式学級の名残。
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廊下
管理が行き届いているので廃校の中ではかなりきれいな部類に入る。
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十数年前まで、この廊下を子供たちが駆けていたはずだ
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廊下の写真を撮っているとき会長氏が昔話を語ってくれた。
当初、この学校には体育館がなかったので、体育の授業は廊下でやったのだという。教室の外でワーワーキャイキャイ状態になるのだ。
今ならそんな状態で授業なんかできるかと文句が付きそうだが、最初からそんな状態であるとみんな普通だと思い特に疑問も抱かずずっとそれで過ごしていたそうだ

歴代校長の集い
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天井のシミが、ここはどういう場所なのかを物語っている。

笹か。
宮越は有名なササダケ(笹のタケノコのこと)採りのシロがある山の入口である。
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鍵を閉めてもらわねばならないので、この辺で失礼することにした。

去り際、廊下を人影が横切った気がして振り向くと、やはりそんなものはどこにもいず、あるのは鏡だけだった。
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