今回は、S診療所に残されていた薬剤がどういうものだったか、一通り調べが済んだのでここでまとめていこうと思う。

※その前にお断り
薬物の効能や化学式は図書館等で調べた情報によっています。
なるべく正確な情報を載せるようにしましたが、自身はそちらの分野にあまり詳しい者でないのでやはり間違いがあると思います。誤りがあった場合、コメント欄等でご指摘くださると幸いであります。
 

昔はこれの二倍ほどの薬剤があったそうですが少なからず持ち出されているようで…。
2015年5月追記)ここ最近さらに薬の盗難があり、あの受付窓も持ち出されてしまった。胃が痛い…。


以下配置図
・名前  □←写真
概説
薬効
副作用

・ブロチン P1030745
三共製薬が販売した鎮咳裾痰剤。
医学博士:吉村喜作氏が桜の皮から抽出されるエキスの中から発見したもの。
それまで鎮咳剤として使われていたサポニンを含む薬剤に比較して副作用がほとんどなく、現在でも使用されている。
ココアのような味がするそうな。 

薬効:鎮咳裾痰。咳止め、痰切りに効果がある。シロップにしたり、粉末で飲むことで気管支炎、肺炎を和らげる。かつては結核の治療にも用いられた。
副作用:ほとんどなし。そのかわりものすごく効くというわけでもない


・サリチル酸ソーダ P1030766
正式名称「サリチル酸ナトリウム」 「ソーダ」はナトリウムのこと。化学式C7H5NaO3

薬効:消炎鎮痛作用がある。また解熱薬としても用いられる。粉末なので経口、注射薬どちらとしても使用可能。最近では動物用の医薬品として用いられている。
副作用:催奇性がある。


・揚曹丸 P1030759
サリチル酸ナトリウムを主成分とした丸薬。誤ってフラッシュ撮影をしたものにはちゃんと瓶の中で丸い薬剤が眠る姿が写っていた。化学式C7H5NaO3

薬効:消炎鎮痛作用がある。サリチル酸系の物質なのでアスピリンのような鎮静剤として使われる。
副作用:妊娠中に服用すると催奇形作用がでることがある。


・芳香散 P1030764
ケイヒと山椒由来の生薬。現在でもつかわれている。

薬効:食欲不振、胃のむかつき、胸やけなど、胃腸薬として使われる


・センナ葉 BlogPaint
東南アジア原産のマメ科の植物。乾燥させて生薬として使う。

薬効:成分にセンノシドが含まれているので便秘薬として使われる。
副作用:吐き気がしたり、腹のゆるみが続く場合がある。


・ブロムナトリウム P1030772
「臭化ナトリウム」であり、抗不安剤、抗癲癇剤として用いられた。化学式NaBr

薬効:19世紀から20世紀初頭にかけて抗癲癇剤などとして使われた。
副作用:倦怠、抑鬱、などの臭素中毒の症状があらわれる場合がある。また分解して臭化水素を発生させるので換気や取扱いに留意する。


・ブロムカリ P1030763
「臭化カリウム」。化学式KBrの水に溶けやすい物質。

薬効:古くは抗痙攣剤、抗不安剤。そして癲癇薬として利用され、現在では犬や猫の癲癇薬と小児癲癇薬としての応用が注目されている。
副作用:臭素を含むので、食欲の低下、譫妄、吐き気、倦怠、抑鬱などが表れることがある。


・硝石 P1030762
正式名称「硝酸カリウム」。医療目的より、肉の保存料、火薬、肥料などにつかわれた。化学式KNO3

薬効:医療用としては歯磨き粉に入っており、知覚過敏を柔らげる効果があるそうだ。
副作用:特にない。 が制欲効果があると言われ、「男子校の食事に入っている」とか「囚人に投与されてる」という変な噂が流布している。実際はそんなことはないそうだ。


・ウィルソン軟膏 P1030760
酸化亜鉛が主成分の副作用がまずないきわめて優秀な皮膚疾病用軟膏。現在でも現役

薬効:炎症部分を保護し、また染み出た体液を乾燥させることで外傷、火傷、熱傷、凍傷、面皰、湿疹、白癬など様々な用途がある。
ただし消炎作用はおだやかなので重い外傷、火傷などには向かない。

ちなみに岐阜大学医学部図書館で調べたところ、1940年代には「ウィルキンソン氏軟膏」という紛らわしいのか同じものなのかよくわからないものもあった。


・カリ石鹸 P1030752
通常使用されている石鹸はナトリウムを主成分としているが、カリウムを使ったカリ石鹸は刺激が非常に低く、また洗浄力もよい。

薬効:医療現場ではその低刺激から体内洗浄に使うことができ、またアトピーや皮膚が弱い人向けの石鹸として使われる。


・ゲンチアナ根末 P1030767
ゲンチアナとはリンドウ科の植物。その根を発酵させて、天日干し乾燥し作った漢方薬である。

薬効:苦みが胃腸に効く。調剤用の健胃薬。
副作用:痒み、発疹などのアレルギー症状が出る場合がある。漢方薬の中では薬効が強いほうなので、妊婦や授乳中の方は服用してはならない。


・重酒石酸カリウム P1030768
正式名称「酒石酸水素カリウム」 ワインを醸造中の樽の底に溜まる結晶で酸性。化学式C4H5KO6

薬効:医薬品としては用いられず、pH調整剤として使われる。 「疲労回復がある」、「整腸効果がある」と言われているが十分な科学的実証はとれていない。


・次硝酸蒼鉛 P1030782
「蒼鉛」とはビスマスのことである。化学式Bi5O(OH)9(NO3)4

薬効:ビスマスは収斂作用を持つので止血、炎症保護などに使われる。特にこれは消化管の粘膜保護に用いられる。
収斂効果とはタンパク質を変異させ、組織や血管を縮める効果。「渋み」はこの収斂効果のもたらすものである。
副作用:慢性消化管通過障害の人間や、消化器官潰瘍がある人は絶対に服用してはならない。

聞き慣れない名前の薬品ってロマンがある。


・石松子
世界的に分布する植物「ヒカゲノカズラ」の胞子。薬としては使われない。

薬効:きわめて低い吸湿性を持つので薬剤の衣として使われる。


・エチル炭酸キニーネ P1030781
キニーネは南アメリカ原産の抗マラリア剤である。化学式C23H28N2O4。 分子量が大きい

薬効:マラリア原虫に対してタンパク質阻害作用があり、抗マラリア剤として使われる。
副作用:血小板減少、溶血性貧血、腎不全など、溶血性尿毒症症候群。妊婦などには流産の危険性がある。


・沈降炭酸カルチウム P1030784
読みにくいが手書きでそう書かれていた。「炭酸カルチウム」とあるが要するに「炭酸カルシウム」のことであって医療用には沈降炭酸カルシウムが用いられる。化学式CaCO3

薬効:塩基性物質なので胃酸過多時の制酸剤として使われる。また、吸着作用を応用して慢性腎不全の高リン血症に使われる。
副作用:甲状腺異常の人間は元から高カルシウム血症なので絶対に服用してはならない。また長期にわたって服用すると代謝異常、電解質異常、腎結石、下痢、便秘など多数の副作用をもたらす


・グリセリン P1030786
ラベルが破かれてしまっているが、グリセリンである。化学式C3H8O3のアルコール系物質。

薬効:利尿剤、浣腸剤、目薬、眼圧降下剤として使われる。
副作用:使用局所に傷があると、そこから血中に入り込み腎不全を起こす場合がある。

以前のS診療所の写真を見ていると、元は瓶にフタがあり、テーブルに置かれていた。グリセリンは可燃性である。危ない危ない…
ちなみに瓶の横にあるポンプのようなものは浣腸に使うアレ。


・ヒマシ油 P1030785
猛毒の植物種子「トウゴマ」を搾ってとれる油。昔から下剤として使われる。
トウゴマの搾りカスには「リシン」という猛毒成分が含まれているので絶対に食べてはならない。

薬効:即効性の下剤、浣腸剤、または腸内洗浄に用いられる
副作用:腹痛が残ったり、油自体にもリシンが微量に含まれているので妊婦は使用してはならない。


・乳糖 P1030789
「ラクトース」とも言われる、哺乳類の乳に含まれる二糖類。よってほとんど薬効成分としては使われない。

薬効:調剤の際、服用しやすくするために薬剤に混ぜる。消化酵素:ラクターゼによって分解された成分が腸内細菌を活性化させるので、整腸効果ものぞめる。
副作用:痒みなどのアレルギー反応が出る人がいる。また、ラクターゼの消化酵素がうまく分泌できない人が飲むと下痢をする場合がある。(牛乳を飲むと腹が下る人がそれ)


・タンブォニン P1030791
いわしや松本伊兵衛商店薬品部(現在の株式会社松本製薬)が販売していた「腸内強力殺菌、腐敗醗酵抑制薬」。
キハダの皮から抽出したベルベリンなどの抗菌成分を利用した腸内殺菌剤。

薬効:細菌性の下痢止め剤として使われた。赤痢、疫痢、チフスの治療薬。
副作用:出血性大腸炎に対しての使用は禁忌とされる。


・LEVOS P1030773
・ツル印パンク
どちらも詳細不明。 パンクのほうはラベルの裏に何か書いてあるかもしれない。


・ネオギー P1030783
葉緑素製剤の胃腸薬だそうである。サクロンなんかの大先輩にあたる。
時代が下ると「ネオ・ネオギー」というパワーインフレ的ネーミングな子孫がでたりした。


・ビタスタイズ P1030792
岐阜大学医学部図書館で調べたところ、栄養剤の一種であったようである


以下、劇薬コーナー

・カルモチン P1030779
文学好きなら聞いたことがない人間などいるだろうか。主成分ブロムワレリル尿素で構成される睡眠薬であり、長く戦前の小説家に愛された。太宰治はこれを用いて何度も自殺未遂をし、芥川や金子みすゞは自殺を完遂した。
現在ではより使い勝手の良いベンゾジアセピンの登場により医療用ではほとんど使われることはなくなった。化学式C6H11BrN2O2

薬効:催眠鎮静効果。
副作用:大量に飲まなければ中毒しない。ほかの睡眠薬に比べ、実は毒性自体弱めなのだが、耐性、依存性を生じやすいため結局は中毒をおこしてしまう。

それにしてもこの廃墟、やはり時間が止まっている。なんだか、異界への扉にも思えてしまうくらいに
これを使ってその場で意識を失うと、もしかしたら起きた世界は現代ではないかもしれない。


・カフェイン P1030748
コーヒー、眠気覚ましでおなじみの薬理成分。一般的には中枢神経を興奮させ気分をスッキリさせる効果が有名だが…

薬効:医療用では末梢血管の拡張作用を利用して強心、気管支拡張、そして利尿剤とされる。また脳の血管は逆に収縮させるので頭痛にも効く
副作用:常習性、中毒性があり、とり過ぎを続けると少しやめただけで頭痛がするようになる。摂取による睡眠障害、知覚過敏など。だいたい一日250mgとると副作用が表れると言う。(コーヒー一杯に100~150mg)


・サリチル酸水銀 P1030744
思いっきり毒。現在では国内で生産、使用されることはない。化学式C14H10HgO6

薬効:腐食性があるので寄生による皮膚病に使われたそうである
副作用:中毒性のある蒸気を発生させる。また腐食性があり、吸入だけではなく皮膚からの体内吸入にも気を付ける必要がある。(使用時、明らかに皮膚につけてないか?)


・重クローム酸カリウム P1030749
正式名称「二クロム酸カリウム」。六価クロムを含むため劇物指定がされている。化学式Cr2K2O7

薬効:ハッキリ言って毒物と変わらない物質なので薬品としては使われることはない。酸化力の強さを利用して、医療器具などの洗浄に使うようなことがあったのか?
副作用:六価クロムは不安定な化学物質であり、周りの有機物を取り込んで自身は三価クロムへと変わる性質がある。このため六価クロムは通常自然界にはない物質であって、処理をせず流出させると環境負担が大きいのである。

…80年もたってりゃ全部三価クロムになってるよね、ね?

よく考えるとこの部屋にいたときリアルに頭痛がしていた。冗談じゃなかったのかも。


・硼酸末 P1030531
小学校のとき、水に薬剤を溶かす実験で知った人もいるのではないのだろうか。毒性を活かしてコギブリ退治用のホウ酸団子なんてのも有名。
化学式H3BO3 地味にホウ酸の化学式と違う。

薬効:医療分野では目の洗浄剤、点眼薬、消毒薬に用いられる。
副作用:毒性があるので注意を要する。経口摂取で大人は20mgほどで死に至る。


・イス・ウルクス P1030690
二階に残されていたアンプル製剤。現在はもちろん製造中止されている。(S診療所探索レポート参照)
胃、十二指腸潰瘍に対する注射薬。潰瘍に注射…?と思うかもしれないが、この治療法は当時としてはかなり画期的だったようだ。
1933年、フランスのストラスブール大学でワイス教授とアーロン教授が犬を人工的に十二指腸潰瘍にし、その治療法の研究にあたった。二人はやがて、タンパク質の消化が不完全になったことが体内の必須アミノ酸欠乏を引き起こし、潰瘍を生じさせることを突き止めた。
確認のため、犬にヒスチジン、トリプトファンを注射したところ、潰瘍を発症することがなかった。
この結果をもとに、人間の十二指腸潰瘍治療の臨床実験を重ねたことが、注射による潰瘍療法の誕生であるという。
ちなみに、S診療所に残っていたイス・ウルクスは注射薬だが、他に錠剤もあったそうな。


薬効:胃潰瘍、十二指腸潰瘍のほか、盲腸の注射薬としても使用された。


・スルホナール P1030895
催眠薬の一種。こちらも二階にあったが、おそらく昔は薬棚におさめられていただろう。化学式C7H16O4S2
二階の少し病んだ空気の中でたたずむ椅子に、一瓶の睡眠薬が載っている…。 写真家の演出か。

薬効:持続性睡眠薬。またほかの睡眠薬の中毒症状や禁断症状を納めるのにもつかわれたりする
副作用:もちろんこれも使用しすぎると命が危うい。



今回、S診療所に残されていた薬品を改めてまとめ、解説を終えて実に奇跡に近い物件だと感じる。
家屋西側の荒れようを見ると、風雨による倒壊の日はもう遠くないと思うが、どうかどうか末永くその姿をとどめてほしいものである。