木古内町、まずは泉澤の大泉寺である。
 「おおいずみでら」ではなく「だいせんじ」である。
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(大泉洋が出演している、北海道のローカル番組「1×8いこうよ」でも、昔視聴者投稿で紹介されていた )


泉澤は木古内町でも一番歴史と由緒ある地区である、なんと云ってもあの加賀前田家が入植したのだ(現在の北海殖産)
道路沿いに残る旧家もほかの地区と比べて多く、大泉寺に残る江戸時代の史料なんかも興味深い。

だが、泉澤地区の墓場は意外に狭く、分布は「五三の桐」、「丸に花菱」、「藤」、「違い鷹の羽」が多いことに変わりはない。
三つ葉柏もそこそこ多い。

『丸に切り竹笹に雀』
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 入口に存在。いきなり珍しい

家紋において「竹に雀」という組合わせはかなりポピュラーなのだけど、どうしても違和感を覚える。
雀と言えばもれなく田んぼや庭の生垣、それか民家の軒先だと思うのだが・・・

「竹林に雀がいる」というのはそんなに普遍的な光景なのでしょうか?




『亀甲に立ち沢潟』
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家紋は組み合わせの美学




『丸に篠笹』
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急いでいるからって写真の水平すらおぼつかないという体たらくはどうなのか。

 


『五つ重ね菱に中花菱』
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辞典未収録であり、正式な名称が付けられてなかったのでパーツの名前から考えた
申し訳ない




『五瓜に四ツ目』
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ちょっとかっこいい




『花橘』
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変わり上がり藤に見えなくもない

 

『ふくら雀』
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これは面白い。
紋付袴や正装用の着物に入れたらかなり目立つ。





大泉寺前の地蔵さん
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内地のような風景。

顔が欠けているけど、もしかしたらこれが「サラキの鼻欠け地蔵」なのかも
(※サラキの鼻欠け地蔵:木古内町泉澤地区のサラキ岬は古くから船の難所とされ、有名な咸臨丸を筆頭に座礁する船が後を絶たなかった。村の漁民たちはこれを鎮めようと地蔵尊を置いたがそれでも船の座礁は止まらなかった。漁民たちの間にはしだいに「船が座礁するのはあの地蔵が呼んでいるからじゃないのか」という疑念と不安が広がり、ある船頭の船が座礁したことでついに溜まっていた不満が爆発。船頭はクワを持ってこの地蔵を叩き壊そうとしたが、結局鼻が欠けたのみであった・・・ というお話)

この伝承の出所がイマイチはっきりしない。この地蔵が残っている場所も札苅の地蔵堂の中だとしているが、そんな地蔵はないと地元の人は皆語っていた。
大泉寺の住職に聞けばよかった。




場所は変わって釜谷地区

釜谷は昔上磯町に属してた地区で、他の地区と比べて若干小規模である。
お寺もない。

しかし、2003年に同時閉校された札苅、泉澤、釜谷の小学校のうち更地にされずに残っているのはいまやこの地区のみ。



墓地は墓頭数こそ少ないが、土地は広い
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サザエさんみたいな頭の人がいそうな苗字ですね。


屋号にアルファベットを入れているのもなかなか珍しい
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知る限りでは南茅部の電話帳にのっている「丸S」しか他になかった…
が、この一年間色々な場所で調査をした結果、少なからずあることがわかった。

ちなみに南茅部の電話帳は、なんと世帯名の下に屋号が載っている。
そうしないとわからないと苦情があったのだろう。ツールは場所に最適化しなくてはならない。



さて本題

あいかわらず「違い鷹の羽」、「丸に花菱」、「桐」、「藤」が多い がそもそも世帯数が少ないのでそんなに多い印象がない。

『丸に二つ引き』
この地区では上記についで多い
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この家紋は「引両」(ひきりょう)と呼ばれる種類の家紋であり、未だになにを図案化したのかよくわかっていない。
よって漢字もそれぞれ由来から「引両」、「引霊」、「引領」などさまざまあてられる。



『丸に一つ松』
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いかにも家紋という感じがする。
着物に刺繍されてるイメージがある。 




『丸に若根笹』
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ぶれすぎ
「根笹」の家紋は微妙な違いの派生種が多い



うーん・・・
『丸に三つ笹』かなあ よくわからん
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雨のお墓名物こと、ナメクジが張り付いてます

あ、上はこれですね
『三つ割篠笹』
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 『丸に細桜』
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画像が仏花とかぶり過ぎ。
追記)茂辺地で発見した同種の画像を参考してください…




釜谷の墓には墓石の後ろにサンダルや靴を置いているものが多数あった
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画像に見られるように、杖を置いてある墓石なんかも見受けられた
生前使っていたものを置いておく風習があるのだろうか。