松前町の家紋調査に戻ります。


今回は松前城の西方、専念寺附近の墓地を取り上げます。
境内の公園を囲むように狭い道が走り、ほぼ直角の急カーブを越えるとそこは荒涼とした葬地が広がる。

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本当に北海道らしくない場所だ。松前町。



 専念寺は蠣崎義広の時代、天文二年(1533年)または天文五年の創建と言われ、上ノ国の浄願寺に替る浄土真宗の寺であった。
 寺伝によると開基は京都本願寺の実如の派である「真徳」なる僧で、後を継いだ二世は蠣崎季広の四男・真勝だという。 この寺の造立には無論、本願寺の地方進出を図る意図が絡んでいたということは明白である。
 上記のようにこの寺には松前氏の血筋が入っており、血脈的法脈的ともに松前氏とは堅い絆で結ばれていた。 江戸時代に入ると法幢寺に藩内の宗教秩序の頂点を奪われこそしたものの、双方の和解と檀家制を利用して結びつきを保った。

 ちなみに、個人的に縁が深い木古内町札苅地区に所在する昌源寺は文政3年、専念寺を本寺として建立されている。 寛永年間に幕府により「新寺建立禁止令」が布かれたのだが北海道には近世前期だけでも63の末寺が新たに建てられたという。…本当に大丈夫だったのか?




さて本題です


『下り藤』
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通常の下り藤に比べ、少しだけ角や間が写実的に見えるのだが…適当な家紋は該当なし。
下り藤の一つとしておく。

使用家は成田さん。




『変り抱き稲の丸』の変種
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『変り抱き稲の丸』と比べて、下部の葉が交差している。
その特徴を持つ家紋に「包み抱き稲」があるが、「包み」が稲を結ぶ紐の形のことを云っているのか、それとも葉の交差のことを言っているのか判断しかねるため、ここでは「変り抱き稲の丸」の変種とした。

おって調べたい。


使用家はやはり鈴木さん。




『雪輪に花菱』
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寄木家紋の一種。
この墓地では多く見られた。

使用家は柳岡さん。




『丸に?笠』
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通常の笠とは少々形態が異なる。『房付笠』に近い。
単に彫が甘いだけかもしれないが、あえて名づけるなら「結び笠」といったところか。

やはり家紋調査は、直接使用してる家に聞いてみないといけない。


使用家は高橋さん。




『対い鶴』
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道南では比較的多く使用されている部類の家紋。大き目の墓地に行くと必ず一軒はある。

江戸時代中期の古鏡にも『対い鶴』の図匠はあしらわれているものがあるが、おそらく家紋ではなく瑞祥の象徴としての使用であろう。


使用家は田中さん。




『隅立むくみ折敷』
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折敷とは檜の片木を折曲げた角盆のこと。通常の『隅立折敷』は『隅立角』に酷似している。

この写真の紋は辞典未収録であるため、「角」の項目を参考に名称をつけた。



使用家は長岡さん






最後に恒例の珍しい名字のコーナーです

『鷹』さん
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か、かっこいいな…





さて、松前町の、特に西舘地区の墓には通常の墓塔の他に「納骨」と銘打たれた墓石が多く隣設されている。
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他の市町村はおろか、松前町内でもこの土地周辺でしか見た事が無い形態であり、非常に興味深い。
ちょうど同じ時代でほとんど同じ街内の墓地でもこの「石」がない墓もある。正行寺や法華寺、法幢寺などではみけかた記憶がない。

なので個人的に「浄土真宗」と関係があるとにらんでいるが… 『石塔の民俗』を読んで出直します。




宿題が山済みの「専念寺」の家紋調査でありました。 ではまた次回。

今回の調査場所です。
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