引き続き、厚沢部町内の家紋調査。
厚沢部町本町地区の墓地はまちの中心部にそびえる太鼓山の中腹に存在する。
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厚沢部川流域が見渡せる清々しい場所。
太鼓山というなんだかほのぼのした地名は、この山の頂上にある平らな部分で足踏みをすると地面から「ドンドン」と太鼓のような音がして、中が空洞になっているように感じるからついたらしい。(試してないので真偽は不明)

・丸に三ツ割り菊
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松前地方に存在する三ツ割り家紋では最も多いものの一つ。
使用家は近藤さん。

・三つ地紙
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「地紙(じがみ)」とは扇にくっつける紙や布の部分のこと。
道南の家紋ではかなり珍しいモチーフである。
使用家は濱田さん。

・右二つ巴
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三つ巴に比べればかなり少ないが、それでも上の下~中の上くらいには多い。
ちなみに一つ巴はさらに輪をかけて少ない。
使用家は鈴木さん。

・菊水
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一見珍しいが探せばよくある家紋の一つ。有名な紋章だし、仕方ない。 
使用家は奥野さん。

・丸に違い丁子
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丁子家紋の中では最も多い。
使用家は石割さん。

・丸に十六菊
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使用家は沢田さん

・丸に並び鷹の羽
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違い鷹の羽に比べると少数派の鷹家紋派生種。
だいたい9:1くらいには少数。 だが全体としてみればそこまで少なくはない。
使用家は本間さん。

・丸に抱き稲
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派生種がとてつもない数にのぼる抱き稲家紋の基本形の一つ。
使用家は鈴木さん。

・丸に唐木瓜
P1160117 丸に木瓜花菱
読み方は「からぼけ」 じゃなくて「からもっこう」
使用家は澁田さん。

・変わり八重捻じ梅
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変則型の梅家紋派生種。
捻じ梅は花びらが曲線によって五枚に区分けされているが、こちらは曲線がないタイプの変わり捻じ梅。珍しい。 
使用家は石村さん。

・丸に日の丸扇
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使用家は宮原さん。

・丸に重ね四つ目
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一見何事かと思う家紋だが、その正体は四ツ目。
使用家は柳田さん。

・八重桜
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家紋で「八重桜」というとこれ。
使用家は工藤さん。

さて今回の真打ち
・熊野牛王宝珠に吉の字
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おそらく日本全国探しても使用する家は10軒もないと思われる稀少中の稀少家紋。日本で最も詳細な家紋事典である『日本家紋総鑑』にすら載っていない。
牛王(玉とも)宝珠(ごおうほうじゅ)とは寺院や神社が発行する厄除けの護符である「牛王宝印」に描かれた宝玉のことで、熊野大社の牛王宝印には上のような燃え盛る意匠が朱印されている。
こんなん↓
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熊野の牛王宝印は古来から特別視され、起請や誓い立てによく使われたとか。

家紋の使用家は月居さんで、その墓の横には以下のような碑文が刻まれていた。
「家紋縁起
仰々[ママ]、当家の太祖、紀州熊野七大将の一将にて、三山那智大社出自、熊野牛王宝珠の中に吉の字配し家紋とす。
藤原姓野内大膳、明応五年保内郷入部、佐竹義舜の命下大子城主、嫡子月居城主となり、累五代本紋を佩し保内郷を守護録[ママ]二千石。
慶長年後我が同族本紋を佩さずと雖国内稀少の名紋也」

どうやら江戸時代になる前に一度絶えた家紋を、最近になって復刻したものらしい。

碑文の中の「熊野七大将」については不明だが、野内氏が現在の茨城県大子町にあった月居城主であったことは本当で、野内大膳が当時常陸国を領していた佐竹氏の家臣であったのも確かだ。
野内氏は慶長7(1602)年に佐竹氏が秋田へ移封された際にこれに従って月居城を去り、秋田大館を所領した。そして、この時姓を元居住した月居の地を偲んでか「月居」に改め、今に至る。
この墓の家はその秋田へ移り住んだ月居氏の子孫が北海道へと渡り、構えたものだろう。
 

最後におまけ。
珍しい苗字 「罟谷」
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「あみや」と読むらしい。


今回訪ねた墓地の位置情報はこちら。 
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